今月から始めた記録です。
読んだ本たちのちょっとした感想(文量バラバラ)
- ①スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)『マーティン・ドレスラーの夢』(2002年、白水社)
- ②間宮改衣『ここはすべて夜明けまえ』(2024、早川書房)
- ③トーマス・マン『トーニオ・クレーガー 他一篇』(2011、河出文庫)
- ④町屋良平『坂下あたると、しじょうの宇宙」(2023、集英社文庫)
- ⑤アイザック・アシモフ『鋼鉄都市』(1979、ハヤカワSF文庫)
- ⑥真門浩平『ぼくらは回収しない』(2024、東京創元社)
- ⑦小川哲『嘘と正典』(2019、早川書房)
- ⑧川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(2011、講談社文庫)
- ⑨朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』(新潮 2024年5月号)
- 他
- まとめ
①スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)『マーティン・ドレスラーの夢』(2002年、白水社)
1996年の作品。
ミルハウザーの作品はこれで三作目(既読は『エドウィン・マルハウス』『イン・ザ・ペニー・アーケイド』)になる。絶版になっていたところ、偶然古本屋で状態のいいものを手に入れることが出来た。
最後の解説にもある通り、『イン・ザ・ペニー・アーケイド』所収の中篇「アウグスト・エッシェンベルク」を彷彿とさせるようなストーリーだ。作中では、十九世紀の終わりから二十世紀の頭にかけて、アメリカン・ドリームを体現するように、天才的な実業家マーティン・ドレクスラーが葉巻屋から巨大なホテルを建てるまでに成り上がっていく。ただし、マーティンは実業家といっても金の亡者というわけではなくて、どちらかというと芸術家肌の人間だ。ホテルをもはやホテル以上のものにするべく、その細部に至るまでカオティックとも言えるほどどあらゆる要素を詰め込んでいく。それは、ミルハウザーの十八番である緻密で幻想的な描写と親和的で、一見すると至ってシンプルなプロットの物語を重厚なものに仕立て上げている。とはいえ緻密といっても冗長ではなく、むしろ物語の先へ先へと読者を導く牽引力があるのだから、その手腕は圧巻であるとしか言いようがない。
終盤にかけて、マーティンの芸術家的なこだわりが社会との”ズレ”を生み、それが結果的に没落へと繋がっていく様子は、やはり「アウグスト・エッシェンベルク」を想起させる。この共通するプロットが、ミルハウザーの小説に対する姿勢を窺わせるような気がするのは僕だけではないと思う。ミルハウザー作品の特徴は先述のような細部に至るまでの執着的な描写などであり(もちろんこれ以上にさまざまなものがあると思うが)、こういった部分にミルハウザーの芸術家としてのこだわりを感じる。ミルハウザー自身、このこだわりがいずれ社会の嗜好性とズレたものになるのでは、と考えていないことはないと思う(これは、世の多くの芸術家が考えていることだと思うけど)。ところが実際には、この作品で名誉あるピューリッツァー賞を受賞したのだから、ズレているどころか大きくハマったと言っていい。とはいえ、個人的には、たとえズレていたとしても、あるいは今後ズレるようなことがあっても、ミルハウザーならこの姿勢をいつまでも貫いてくれるんじゃないか、そんなふうに思っているし信頼している。
②間宮改衣『ここはすべて夜明けまえ』(2024、早川書房)
話題の一冊。独特の口語体で主人公の思うがままに突発的に書かれた文章は最初こそ戸惑うが、読み進めれば馴染めた。「融合手術」を受け、老いない体を半ば強制的に手に入れることになった主人公が、百年にのぼる家族史を語る物語。少し葬送のフリーレンを想起させもする。Orangestarや将棋、youtubeなど、時代性の伺えるモチーフが随所に出てくると、文体からして一見幻想的な物語に切実なリアルさを与えていて効果的だと思った。ただ気になったのが、そういったモチーフが出てくるのが2023年前までに限られていて、たとえば2050、70年らしいガジェットなどがほとんど出てこなかったことだ。もしそれが描かれていたら、よりSFらしくなっていたと思う(とはいえ、家族や人間関係の変遷に焦点を当てているのだからこれでいいのかもしれないが)。
③トーマス・マン『トーニオ・クレーガー 他一篇』(2011、河出文庫)
僕の生まれるちょうど百年前、1903年に発表された作品をなぜこんなにも気に入ったのかはわからない。文庫本にして100pちょっとだから、気がつけば(一回別の本も挟んだけど)3回も読んでいた。子供時代の描写とか、本当に共感できてついつい読んでいるとき何度も唸った。マンの文学に対する姿勢の全てに共感したわけではないが、それでもかなり影響を受けることになった気がする。ちなみに、同じく収録されている「マーリオと魔術師」も良かった。魔術師が出てくる物語にハズレはない。これからも何度も読み返すし、そのために新潮文庫から出ている別訳も買った。
④町屋良平『坂下あたると、しじょうの宇宙」(2023、集英社文庫)
爽やかな小説。意図したわけではなかったけど、トーニオ・クレーガーと通じるものがあった(作者も意識したんじゃないだろうか?)。相互に読み返すことで解像度が上がるような気がした。エンタメ風だが、後半になるにつれてだんだん町屋さんの本来の味?が滲み出していて面白かった。
⑤アイザック・アシモフ『鋼鉄都市』(1979、ハヤカワSF文庫)
レトロな未来観のドームシティの中で繰り広げられるミステリ。70年以上も前の作品で、構造は古典的かもしれないけど、まだ色褪せない。
⑥真門浩平『ぼくらは回収しない』(2024、東京創元社)
「街頭インタビュー」が傑作。「九マイルは遠すぎる」をオマージュに取り込みつつ、同時にそのアプローチの問題点を指摘する。単純にミステリとして面白いけど、それ以上のものがある。ほんとうに読んで良かった。
⑦小川哲『嘘と正典』(2019、早川書房)
何度読んだかわからないけど、何度読んでも面白いし、発見がある。殿堂入りです。「魔術師」の解説は別の記事に載せました。
⑧川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(2011、講談社文庫)
流れるような文章であっという間に読んでしまった。あっという間に読んでしまったばかりにあまり感想らしい感想を述べることができなくて困った。校正という仕事に敬意を。
⑨朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』(新潮 2024年5月号)
意識はどこにあるのか?脳から独立してるのではないか?という医師の視点から生まれた疑問が文学に昇華されている。芥川賞候補になるんじゃないだろうか。文章の節々にユーモアが散りばめられていて、なかなか重いテーマであるはずなのに軽快な読み心地だった。読んでいるあいだも、読んだあとも色々考えさせられた。色々考えさせられたならそれを書くべきなんじゃないかとも思うけど、余力的にもやめておく。芥川賞候補になったら読み返すことにしよう。それにしても次の新潮が楽しみ過ぎる。
他
- 町屋良平『ほんのこども』:もう少し感想を醸成させたいから保留。今年読んだ中ではトップクラスに響いた作品だったんだけど、何がそんなに良かったのか探究の旅に出ます。
- 小川哲「魔法の水」:SFマガジン2022年8月号より。安定に面白い。逆算するとどうやって構想したのかが見えてくるような気がする。勉強になる。
- 大江健三郎『見るまえに飛べ』:積読してた新潮文庫の短編集。この独特の空気感はどんどん読めるときと、どうしても受け入れられない時期があって、数編読んで保留中。
まとめ
意図したわけではなかったけど、ミルハウザー、マン、町屋あたりは互いに連関しつつ体系的に読めて良かった。他はまあバラバラな感じでした。ミルハウザーはもちろんのこと、真門「街頭インタビュー」はとても良かったです。あとは、これからもっと町屋良平さんの作品を読んでいきたいと思いました。